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  1. 小野坂貴之

いつもそこに在った。

先週金曜日の早朝、近年恒例となっている台湾旅行へと旅立った。が、あろうことか、iPhoneを持たないままの出発であった。

前日、世田谷の稽古場で遅くまで今後の活動の方向性を決め、その熱気のまま面々と夜遅い夕食を食べているとき、ハッと気がついた。「あれ、iPhoneがおらん」

iPhoneさんは稽古場で充電されっぱなしであった。そして、時すでに遅し。稽古場の管理人は去り防犯システムが働いている。翌朝稽古場が開くとき、私はもう成田にいなければならぬ。ああ、もうどう考えてもしばしの別れを覚悟した方が良い。

その後、自宅に戻り、慣れぬ海外の地で何かあったらと考え、当初留守番予定であったMacbookさんを「携帯機器」として持参することにし、リュックサックへと詰めながら、この不測の事態で何か足りなくなったものはないかと巡らせた。

私のiPhoneさんは普段、電話であり、メーラーであり、音楽プレイヤーであり、備忘録であり、ネタ帳であり、本であり、時計であり、ゲームである。一台で何役もこなし、いつの間にか誰よりも何よりも傍にいる存在へとのし上がっていたのだ。

音が欲しかったので古くなったiPodを充電し、本棚から埃をかぶりつつあった小説を何冊か見繕って、これもカバンへと詰め込んだ。その時、「ああ」と思い出したのだ。

このiPodも小説も、数年前まで私のカバンの定位置を常に陣取っている存在であった。特に小説なぞは日本全国津々浦々仕事で回っていた折、ハードローテーションで読み込んだもので、カバーはズタボロで装丁は崩れかかっている。良い言い方が思いつかないが、古女房の愛すべき点を再発見したような面持ちである(まぁそもそも女房は持っておらぬのだが)。

台湾旅行には現地集合の連れがいたが、出かけていない時や空き時間は、ホテルにこもってこの小説を読みふけった。ボロボロだけども両手に収まる感覚や、めくる紙の指ざわりに懐かしい愛着を感じつつ、読破した。

せっかく外国へ来たのだから散歩でもした方が、という思いも少しよぎったのだけれども、私は今後、きっとiPhoneを忘れない。そして数日後、iPodは収納箱で眠りにつき、小説は再び本棚で埃を積んで、ゆっくりと忘れられていくのだろう。

「ああ」とまた思いつつ、小説のページへ視線を落とし、物語の中に戻る。あの時、いつもそこに在った存在を確かに感じながら。

追伸:

稽古場に忘れた私のiPhoneさんを翌日早朝に確保してくれた、SPIRAL MOON 秋葉舞滝子氏には感謝の思いでいっぱいである。