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  1. 小野坂貴之

最古の記憶

夕飯を食べながら、ひょんなことから十年ほど前の記憶を辿ることになる。
私の中にある記憶と、友人の中にある記憶がなぜか全く噛み合わないので、当時の当事者であるもう一人の彼に聞いて記憶を整理する。結果、私の記憶が正しいようで、友人の記憶はどうも「数年間のできごとがグチャっとひとつになっている」ようだ。

ふう。シナプスを繋げるのは大変だ。

そう思ううちに「ん、自分の最古の記憶ってなんだろう」と考える。

今年の春で四十四歳を迎えるので、ながーい記憶を辿らねばなるまい。思い出せたら今年の目標のひとつである「自分の年表・保存版」にも記しておこう。

ふむ。なんだろう。

たぶん私が三歳を迎えるあたりだ。おっ。思い出したぞ。おぼろげに。

じいちゃんちの二階で、誕生日にプレゼントされた真っ赤な三輪車に乗っている。
階段の下にはひとつ下の弟がいる。
三輪車に乗りたくてうずうずしているが、私が独占して譲らないので恨めしそうにじっと階下から見つめている。

前夜にプレゼントされたばかりなので、三輪車のハンドルにはまだ可愛らしいピンクのリボンがついている。
私はひとりキャッキャと騒ぐ。そう、前進あるのみ。
そして、階段を転げ落ちる。真っ赤な三輪車と共に。

気づいたらそこは階下で、三輪車の下敷きとなり泣いていた。痛みが段々と激しくなる。
「どうしたことか」と親が向こうから走ってくる姿を背景に、弟がにやりと笑ったのを、今でも悲しく覚えている。

ああ、切ない。どうしてこんな記憶なのだろう。

だが、この記憶の年齢が正しいのであれば、映画「蒲田行進曲」よりも先に、かの有名な「階段落ち」を私はやってのけていたのだ。