注目キーワード
  1. 小野坂貴之

そりゃもう、真っ白。

先週の、確か東京に二回目の雪の降った日の翌朝だったと思う。

朝の通勤混雑を避け、始業に遅れぬよう、いつもより二十分ほど早めに新中野駅へと向かう。到着した地下鉄の扉が開き、比較的スムーズに車内へと乗り込む。そこでいつもとは違う光景を目にする。

小学生の軍団がいるではないか。もう中学生に見えそうな坊主頭から、まだ毛も生えとらんであろう幼さ残るチビ助まで、男子女子が十名ちょっと。小学校高学年の、おそらく同級生のようだ。乗り込んだ流れのまま、私はうっかりその中心に位置してしまう。

引率の先生らしき影すら見えぬので、ガヤガヤワサワサ騒々しい。早めとはいえ時間は八時半くらい。「おめぇたち、学校はどうなすった?」な気持ちである。

思った通りの不安が的中。行動が突然で大雑把。私の靴を半分踏みやがり、つり革でぶらぶらしてやがる。子供は嫌いではないが、クソガキは嫌いである。「つり革を使ってどう自立するか、きちっと教えたろかこら」と思った矢先、奥の女子三人が私を見て何か話しかけてくる。

「席空いてるので、どうぞ座ってください」

どうも学校の規則で座ってはいけないらしい。こんなシチュエーションで席を譲られたことのない私は「いや大丈夫、ありがとう」と反射的に断ってしまった。そして素早く考える。「ああ、この子たちの両親は、きっと私より年下で、私は席を譲るべき中高年の一人なのだ」と。

その時私の目の端に、立っているオバさんが目に入る。すかさず私は「あの方にオススメしては?」と手をかざして女子三人に目配せする。素直な女子三人はそのオバさんに振り返り席を勧めるも、オバさんは手を横に振って頑なに座らない。

とうとうその席には誰も座ることのないまま、いくつもの駅を通過していく。

赤坂見附駅で降り、まだ少し雪の残る舗道を歩きながら考える。あの時私はどうすれば良かったのだろう?きっと、子供たちの良心を素直に受ければ良かったのだろう。その素直さに、ありがとう、とただ感謝すれば良かったのだろう。誰かに声をかける勇気を、思わずオバさんに振るという意固地さで摘んでしまったのではと思うと、ああ忍びない。

舗道の雪を見ながら、彼らのキャンパスは真っ白だな、と考える。その真っ白さにあてられて、清々しさ半分恥ずかしさ半分の面持ちで、オフィスへと歩いた。