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  1. 小野坂貴之

私と三つのカバン

(SPIRAL MOON 「みごとな女」稽古場日記より)
 
小野坂貴之です。
 
11月5日日曜日。
 
今日、稽古場での稽古を終え、いよいよ明日より劇場へと向かう。顔合わせから稽古が始まってちょうど1ヶ月。振り返るといろんな出会いがあった。「みごとな女」という脚本、物語を導く演出部、稽古を共にした共演者、物語に優しげな色合いを持たせてくれるスタッフのみなさん。事細かに書こうとすると、無数に広がっていきそうだ。
 
その中でひとつ。私がめぐりあうのに最も苦労した出会いがある。私の小道具、「カバン」だ。
 
今からお話することは本編とは関係ない。「みごとな女」の物語を紡ぐ稽古場から派生した、いわばスピンオフなのかもしれない。(本編より先にお知らせするのはスピンオフなのかどうかは分からぬのだが)
 
私の演じる役柄は何に対しても誠実な青年である。その人柄を思い皆と稽古を積むにつれて、私は「カバン」へ思いを馳せるようになる。「仕事に真面目にあたる時も、恋した人の家へと向かう時も、いつも側にいて見守ってくれる、そんなカバンが欲しい」
 
一つ目は「品のある明るい茶色のドクターバック」。オークションサイトで出会い、写真を見て一目惚れしたのだ。「ふっくらとした明るい表情を讃える女性」のような印象だ。ただ彼女は、私が持つには可愛すぎた。
 
二つ目は「深い緑色したビジネスバッグ」。こちらもオークションサイトで出会ったのだが、生まれはどうやら1930年代。聞くところによると、高円寺の古着屋で発掘され、神戸へと渡り、そして私の家へとやってきた。ところどころ革がはげているが、形はしっかりと整っており「硬派な学生」を彷彿とさせる。ただ彼は、私が持つには若すぎた。
 
三つ目の出会いは、今朝である。あきらめきれない私は、下北沢の中古品店を南から北へ、片っ端から探し歩いた。出会いは突然、ふと目を配った店奥の角の棚からやってきた。「ああ、これだ」と手に取った瞬間、私の描いたとおりの、優しく滑らかで、素直で誠実な感触が伝わってくる。「素朴な茶色のビジネスバッグ」、相性抜群の相方だ。
 
稽古場で、演出部の河嶋政規に「やっとやっと苦労して見つけたんだ」と話すと、こんな言葉をくれた。「出会うべくして出会ったんだよ、きっと奇跡だよ。」…ああマイキー、涙がこぼれそうじゃないか。
 
そんなこんなで、私のもとには今、三つの「カバン」がある。相性抜群の相方と、少しだけ噛み合わず別れてしまった他の二つ。
 
「噛み合わなかったことをいつか懐かしく思い出すんだろうな」と、シルヴァスタインの「ぼくを探しに」をふと思い浮かべながら、それらの思いを重ねつつ、相性抜群の相方と共に、明日劇場入りする。