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  1. 小野坂貴之

綺麗で儚い記憶。

あれは今月の初めの深夜、肌寒さを感じ始める少し前。iPhoneさんの画面を割った。

蓋つきカバーを施して日々あれほど守っていたのに、新宿三丁目の路地の上、パリンと音を立てて割れたのだ。酔っ払った私の手から滑った瞬間、なぜかカバーが開きながらアスファルトへと落ちていく。まるでゆっくりと顔から奈落へ吸い込まれていくようだった。

半分覚悟して、半分願いを込めながらうつ伏せに落ちたiPhoneさんをこちらに向けると、よほど綺麗に落ちたのか、モザイク模様が全面に入っていた。

あの日から三週間。

高い修繕費に「どうしようかどうしようか」と悩みながら、ざらつく表面が気にならないようにサランラップを巻いて処置をした。「慣れる」とは怖いほど楽なもので、毎夜寝床で光るモザイク模様を見て「まるでステンドグラスみたいやなぁ」などと、いつしか気にならなくなっていった。いや、ともすると「プラス思考でまさか乗り切れるんではないか」と現実から逃げようとしていたのかもしれない。

でも、でもである。確かに見た目は慣れてきたものの、サランラップはそんなに持ちはしない。しばらく触ると、透明の細かいボロ切れがあちらこちらに飛び出してくる。それでもしばらくはそれを見なかったことにして、幾度もサランラップを巻き直していたのだが。

今日、通勤電車で開いたiPhoneさんから、そのボロ切れがヒラヒラと舞い落ちた。風もないのにヒラヒラと、ヒラヒラと。そしやっと覚悟を決めて、そのまま修繕へと向かったのである。

今、私のiPhoneさんは見違えるほど見やすい。「ステンドグラスみたいで綺麗かも」と思った記憶など、もう欠片もない。認めよう。やっぱりあれは割れていたのだ。

生まれ変わったように明るく輝くiPhoneさんを見るたびにしばらくは、私の財布から諭吉殿がヒラヒラ飛んでいく様を、サランラップのボロ切れの記憶と共にきっと思い出すんだろう。