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  1. 小野坂貴之

筆を選ぶ。

自分で言うのもなんだが、私は字を綺麗に書くことができる。
幼き頃から書道教室へ通わせてもらい、誰に見られても読みやすい字を手に入れた。これは両親に感謝するもののひとつである。

私の通っていた書道教室では段位七段が最も高く、私が到達したのは六段だった。その当時は「まあまあいけてるんじゃないか」と思っていたのだが、学生時代のバイト先の「まるで印鑑のふちを思わせる鬼の丸文字」を誇った店長が、「俺、十四段!」と驚愕の過去を言い放ちやがった瞬間に、段位などもう階段にしか思えなくなってしまったことは、悲しい思い出となって今も残っている。

さておき。

「弘法、筆を選ばず」というが、私は筆を選ぶ。筆とは言ってもペンであるが。最近、店頭ではあまり見かけなくなった、フリクションボールの0.7を使わないと、なんだか気になって文字が書けなくなってしまっているのである。

ここ二、三日、お役所への複数の申請書類を記入せねばならず、久々にペンを握りしめ、書類の上でペン先を走らせる。

どうしたことだろう?

10分ほどするともう右手が痛くなってきているではないか。そういえば、長時間のペン作業は久しい気がする。キーボードを叩くことに慣れてしまって、文字を書くということにこの手が身体が退化してしまっていたのだ。

「ああ、筆を選んでも良いから、紙にしっかり文字を書くのだ。せっかく手に入れた自分の文字なのだから」と強く思う秋の一夜であった。