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  1. 小野坂貴之

スマキと満員電車

新中野駅のホームへと降りた昨日の朝。普段と違って電車を待つ人が多い。「ありゃなんかあったかいな」と思ったら構内アナウンスが。どうやら中央線人身事故の影響で振替輸送対応中とのこと。…電車で人身事故なんて、いやだいやだ。

前の駅から電車が着いて扉が開いても、人が降りてこない。というか、人が人にへばりついて剥がれ落ちてこない。なんと言おうか、うむ、無理くり表現してみると冷蔵庫の奥で食べ忘れられた佃煮のように隙間なく固まっているのだ。もちろん、乗り込める人もいない。

中央線が止まって6両編成しかない丸ノ内線に流れ込んだらこんな風になっちまうわな、なんて呑気に考えてもいられない。なんせ今は朝の通勤時間なのだ。仕事場へ行かねば。

何本か過ぎても同じ状態で拉致があかないので、佃煮の仲間になるべく塊の僅かな割れ目に身体をねじ込んで押し入れる。なんとか扉が閉まって、出発。もちろんどこにも余裕はない。圧はどこからも均等に重くのしかかってくる。今まで気にしたことはなかったけれど、今なら佃煮の苦しさが分かる気がする。この圧の重さは佃煮となった我々にしか分からない。今度から佃煮は忘れずに美味しく食べよう。そう思っていたのは自分だけの妄想であろうが。

出発してすぐ、佃煮のどこからか、子供らしき泣き声が聞こえる。その瞬間、この佃煮をさらに押し固めてしまったことを後悔し、「ごめんなーごめんなー」と懺悔していた。子供は、母親らしき声と共に次の駅で降りていき、少し安堵したものの、耳に残る子供の声と佃煮感で思い出したことがある。子供のころ、布団で簀巻きにされた経験だ。

幼稚園年少だったかその頃に、宅飲みしていた父親の後輩が、調子に乗って騒いでいたガキンチョの僕を、いつも寝ている僕の布団でクルクル簀巻きにしてしまったのだ。付け加えるが、うちのオトンはその筋の人ではない。当時は、血気盛んなまだ二十代の若者で、寡黙だがたぶん少しお調子者の優しい人物である。

泣いても喚いても解かれなかったその簀巻きの経験はトラウマとなり、僕を今でも閉所恐怖症へと追いやっている。どのくらい恐怖かというと、リングの貞子が落とされた井戸の底から遠く丸い空を見るシーンを見て、簀巻き布団の奥から見えるいびつに切り取られた居間の様子を思い出して震えるくらいである。

新宿駅に着いて佃煮からはやや解かれたが、この少し長くなった文面で何が言いたかったかというと、話は最初に戻る。どうか、命を大切に。